報道・コンプライアンス・正義

要約すると、朝日川柳炎上で同社のコンプライアンスが気になり調べた結果とその感想。

 

 朝日新聞社が掲載した川柳が炎上しましたが、読んでみると、確かに酷かった。
 十人十色ですから批判の範囲内にすぎず故人の尊厳は汚してないと思う方もいらしゃるでしょうが、私はそうとは受け取れず、掲載された川柳の内容には偏りも感じたため、撰者の考えを代弁しているような印象を持ちました。

 

 私は故人への批判は自由権の範疇だと考えていますが、人の考えは様々なので個人の死を自身の主義主張のため利用したと受け取る人もいるという前提がなぜとれなかったのかという点が、疑問に思えました。

 仮定の話になってしまいますが、もしこの前提を想定していなかった、あるいは想定していたがリスクを過小評価していたとすれば、リスクの特定、評価、分析が不十分だったことになります。

 そして、今回の件でこれらの見直しが行わなければ、今後もリスクマネジメントやクライシスマネジメントの運用で防ぐことができたはずのリスクが顕在化し、これにより信頼度も含めた企業価値をさらに下げる事になれば、ステークホルダーに対して大きな影響を与える事になります。

 

 私には川柳の選定基準や掲載が許可されたいきさつはわかりませんが、掲載されたという事は社内規定には違反していないとの判断があったと理解しました。
 これが、当該新聞社の公開されている社内規定等を確認のため調べたいと思った動機です。

 

 まずは、最上位の規定に相当する、公開されている綱領を引用いたします。

 

 一、不偏不党の地に立って言論の自由を貫き、民主国家の完成と世界平和の確立に寄与す。
 一、正義人道に基いて国民の幸福に献身し、一切の不法と暴力を排して腐敗と闘う。
 一、真実を公正敏速に報道し、評論は進歩的精神を持してその中正を期す。
 一、常に寛容の心を忘れず、品位と責任を重んじ、清新にして重厚の風をたっとぶ。

 

 記されている進歩的精神の意味するところがわからなかったので、検索。

 ・進歩的・・・goo辞書
  特に、思想や考え方がその時代の社会一般よりも進んでいこうとしているさま。

 ・進歩的・・・ベネッセ国語辞典 電子特別編集版
  在来の思想や制度に積極的に変革を加えようとするようす。

 

 綱領から強い意気込みは伝わるのですが、もう少し平易な言葉で具体的に記した方が従業員も分かり易いと思うのですが、どうなんでしょうね。
 この綱領は従業員も含めた社としての決意表明であると言われれば、これでよいのかもしれないのですが。

 例えばトヨタの規範などと比べると、分かり易さや具体性という点ではだいぶ異なります。重要な事は国内外のグループ企業や全従業員への浸透と遵守状況なので表現方法は些末な問題なのかもしれませんが、社員教育に用いたり世に公開する目的があれば、分かり易さは誤解や曲解を予防するという点において大切です。

 

 それはさておき、掲載された川柳から「寛容の心」「品位と責任」「清新にして重厚の風」を感じる事はできませんでした。選出し掲載に至った理由が綱領に合致しているとされるなら、この綱領は空しいものに見えてきます。

 結果を知ってしまった後に書き記すのも後出しジャンケンのようで卑怯な気がするのですが、委縮しろという意味ではなく、リスク回避の点から見て、四十九日が過ぎるまでは寛容の心を見せるといった多少の自制があった方が好ましかったのだろうというのが、私の意見です。

 以前コロナは痛快とツイートした記者が大きく批判されたことがありましたが、教訓にされたのでしょうか。

 

 単なる感想なのですが、進歩的の意味を知って、報道を手段にした社会運動家をイメージしてしまいました。
 また、社会一般の考え方が(世論?)遅れていると上から目線で決めつけているようで不快感を覚えると共に、尊大さも感じ取ってしまいました。この感じた尊大さは、文体から受けた印象が影響したのも確かです。

 言っていることは非の打ち所がない正論だったとしても、私の感情は、上から目線や尊大さを感じ取れば、理性では納得しても時に反発してしまいます。

 


 次に行動基準です。

 

 コンプライアンス体制を説明した部分に朝日新聞社行動規範を定めたと記されていたので探しましたが、探し方が悪かったのか非公開なのかはわかりませんが、見つける事はできませんでした。
 記者行動基準はすぐに見つかり、読んでみると本規準で報道・論評、紙面編集に携わる者を記者とすると明記され、本基準の付記にすべての社員が共有すると明記されていましたので、これを使用しました。
 また、川柳と報道記事は別物と考えた方が好ましいとは思いましたが、紙面編集という点で見ると本規準の適用対象ではないのかもしれませんが、準拠した扱いになるであろうと考えました。

 

 人権の尊重の項目に「取材や報道にあたっては、個人の名誉やプライバシー、肖像権などの人格権を不当に侵害しない」とあるので、私は、掲載に至った理由を以下のように推測しました。

 ・個人を推測する読者がいても個人名は明記されていないため一般論の範疇である。
 ・一般論の範疇であるが故に特定の個人に対する不当な名誉侵害には当たらない。
 ・川柳は世相や人を詠むものであり批判や風刺があるのは当然である。
 ・以上の理由から、掲載にあたって問題になるようなことは無い。

 

 なお、私は名誉の不当な侵害にあたらないとするには無理があると感じています。

 

 読者への説明の項には以下の記述。長いので、抜粋し箇条書きで。

 ・社外の声には謙虚に耳を傾ける。
 ・社外からの異論や反論は丁寧に受けとめる。
 ・行動や報道・評論が読者や社会に理解され、支持されることを目指す。

 

 2022年07月19日20時35分のJ-CASTニュース朝日新聞社の下記コメントが報道されています。
 https://www.j-cast.com/2022/07/19442054.html
 A)掲載は選者の選句をふまえ、担当部署で最終的に判断しています。
 B)朝日川柳につきましてのご指摘やご批判は重く、真摯に受け止めています。
 C)朝日新聞社はこれまでの紙面とデジタルの記事で、凶弾に倒れた安倍元首相の死を悼む気持ちをお伝えして参りました。
 D)様々な考え方や受け止めがあることを踏まえて、今後に生かしていきたいと考えています。

 

 このコメント、私は以下のように理解しました。

 Aは責任の所在の説明。
 Bは受けた指摘や批判への態度の表明。
 Cは哀悼の意は既に伝えてあるという事実の主張。
 Dは考え方の相違で批判が生じたが、これを教訓にするとの意思の表明。

 

 報道されたコメント、Aの「選者」と「担当部署」の文言、Bの「真摯に受け止めている」との態度表明、Cの哀悼の意は伝えたという事実の主張、Dの「様々な考え方」という文言。そして、謝罪を意味する文言は無い。

 これらを踏まえ、私は以下のように読み取りました。

 

 川柳掲載の責任は選者と担当部署にあり、哀悼の意は既に伝えてあるので謝罪が必要となるような意図は無く、社として批判は受け止めるが批判された原因は考え方の相違と認識しているため、今後の教訓にする。

 

 偶発性を暗に主張しているように感じましたが、これも「様々な考え方や受け止め」の一つなのでしょう。

 

 件の川柳が掲載されたのが7月15日と16日。
 その後批判が殺到し、釈明コメントが報道されたのが19日20時35分。(謝罪無しなので釈明と判断)
 翌日20日朝刊の社説は下記文章で締めくくられています。
 https://www.asahi.com/articles/DA3S15362160.html
 「自由な論評を許さぬ風潮が生まれれば、それこそ民主主義の危機である。

 

 20日朝刊社説の末文、時系列で追ってみて以下の判断に至ったため、別の視点で見た私の主張も併せて記します。

 

 19日に報道されたコメントに謝罪の言葉が無かったことから、殺到した批判を「自由な論評を許さぬ風潮」として朝日新聞社は受け取ったと、私は判断しました。
 同社社説の「自由な論評を許さぬ風潮が生まれれば、それこそ民主主義の危機である」という主張に対しては、下記のような主張をしたい。

 

 論評への自由な批判を否定する事は多様性を認めぬ思想の一つとなり得るので、これも民主主義の危機である。

 

 

 この社説に記された主張が綱領に記された進歩的精神から逸脱していないのなら、記者行動基準に目指すと記された読者や社会に広く理解され支持されることの実現は困難でしょう。
 


 話は綱領に戻ります。

 

 綱領の「正義人道に基いて国民の幸福に献身し(以下略)」の一文、この正義が意味する具体的な内容はなんなのでしょう。

 

 まず、何をもって正義とするのかが不明。次に、その正義不正義の判定は誰が行い、その判定を行う際の客観的な根拠や明確な基準があるのかも不明。
 常識だと考える方もいらっしゃるでしょうが、私は考えれば考えるほど、正義と呼ばれるものがわからなくなります。

 例えば善人とテロリスト、どちらも正義感は持っているでしょうから、名称は同じでも、価値観や物事を見る視線により中身は大きく違ってきます。テロリストに君たちの正義は正義でないと伝えたら、彼らはお前の考えが正義ではないと反論する様子が、容易に想像できます。

 正義は万人が共感し共有し得る恒久的な価値を備えたものであって欲しいと私は望むのですが、一方、理想と現実は異なるので、例えば香港の異端者には正義の鉄槌が下されたと考える人が数億人以上いたとしても、驚きません。


 私が正義というものを具体的に説明できないためなのかもしれませんが、正義は明確に規定できそうもなく(言語化可能なら、おそらく法律になっている)、かつ立場や時代によって変わり得るため、極論すれば或る共同体の中で了解され共有されている不正義、例えばその共同体の中の倫理道徳に反する正義でないものを物差しにして導き出された、暗黙の了解のようなもの。もしくは権力者や影響力が強い人物の主義主張及びその時々の政治体制や社会環境の影響で変わり得る、暗黙の了解のようなものだと捉えています。

 

 この文章に数回手を加えましたが、歯切れの悪い文章にしかならなかったため、補足を記しておきます。


 時代、文化、思想等の影響で変わり得る部分を持った善でないものや不正義なものをフィルターにして取り除くことで残った強制されることなく共感され共有される何か。というイメージです。

 

 私は正義をこのような曖昧なものと認識しているため、文書化した規定等で正義という言葉を使うのは、正義の意味するところが変化すれば、この言葉を用いた規定類の意味も改定や承認という手続き無しで変わるため、合理性に欠けることだと思っています。

 

+++++++++++++++++++++++


 今回の件をきっかけに、柄にもなくメンドーな事を連日考えてしまったためセルフエコーチャンバーと例える事ができそうな現象が起きかけましたが、頻繁に行った自己チェックでなんとか抑え込む事ができました。

 しかし、それでも誤解や曲解は避けられないのだろうとも思っています。

 

参考にした資料のリンク

朝日新聞社:綱領
https://www.asahi.com/corporate/guide/outline/11214445

毎日新聞社:毎日憲章
https://www.mainichi.co.jp/company/brand-identity/

読売新聞社:記者行動規範
https://info.yomiuri.co.jp/group/stance/index.html

産経新聞社:グループ社員行動規範
https://www.sankei.jp/company/group/rule

日本経済新聞社:行動規範
https://www.nikkei.co.jp/nikkeiinfo/corporate/governance/

トヨタ:行動指針
https://global.toyota/jp/company/vision-and-philosophy/toyotaway_code-of-conduct/

ニコン:行動規範
https://www.jp.nikon.com/company/sustainability/policy/codeofconduct/

ソニー:企業倫理とコンプライアンス
https://www.sony.com/ja/SonyInfo/csr_report/compliance/

 

+++++++++++++++++++++++


故人に対する公正な批判から得られるものは、教訓。
仮に導き出された結果に共感できなかったとしても、その視線や思想を持つ事を否定はしません。

揶揄冒涜や批判のための批判と受け取ったとき生じるものは、軽蔑。
仮にその視線や思想に共感できたとしても、この行為者や組織は拒絶します。

 

 

本ブログ掲載物の著作権は放棄していないこと、ご承知おき願います。